「50まで何してた!?」— 波乱万丈オンナの生存戦略

絶望から独立まで、波乱万丈オンナの生存記録

今さらですが、2026年が始まりました。

……はい。
133日、ブログを放置していました。

もうここまでくると、
「お久しぶりです」も
「新年あけまして」も
どこか白々しい(笑)

なので、潔くタイトルはこれ。

「今さらですが、2026年が始まりました。」

 

昨年9月、
「よし、運営サイトやらSNSやらリニューアルしよう!」
と動き出したものの……

どうにも、
どうしても、
自分の中でスッキリしない。

書こうとしては止まり、
手をつけては閉じ、
気づけば今日まで来てしまいました。

この間、実は…
ご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、

昨年の秋から冬にかけて、5年ぶりに日本へ帰国・帰省していました。

今回の日本行き、
ただの里帰りではありません。

✔ 目的あり
✔ もくろみあり
✔ 課題山盛り

ずっとずっと、
「これは日本に行かないと出来ない」
「日本で向き合わないと進めない」
そう思いながらも、諸事情で動けず。

そして、ある日
えいっ!!と勢いで日本へ。

日本と言えば…
何でもある。とにかく便利。さすが日本。

……なのですが。

私が抱えていた課題や問題は、想像以上に手ごわくて、
正直、かなり手こずりました。

「はい解決〜♪」
なんて、そんな甘い話はなく。

それでも。

今はようやく、
“歩き出すためのスタートライン”
に立てた感覚があります。

ぶっちゃけます。

2025年は、私にとって決して良い年ではありませんでした。

何か踏み切れない。何か引きずっている。
でも、「これじゃないんだよなぁ……」というモヤモヤ。

ずっと、そんな感じ。

でもね。
その時間があったからこそ、
2025年の終わりに

「あ、これだ」
「私、これがやりたい」
そう、はっきり見えたものがありました。

そして迎えた、2026年。

静かに、
でも確実に。
TORIA、密かに燃えています🔥

これまで続けてきた
「TORIAへの道」は、場所を変えて連載を続けていきます。

そして同時に、
新たなプロジェクトも進行中。

それに合わせて、
また新しい連載も始める予定です。

✔ 元気を届けられるのか
✔ 50代、60代が見えてきたリアルな話なのか
✔ 笑っていいのか、泣いていいのか

たぶん、全部です(笑)

そして、実は
また来月、日本へ旅立ちます。

はい。

カナダ × 日本のハイブリッドライフ、
いよいよ本格スタートです。

このあたりのリアルも、
今年はどんどん伝えていきたいと思っています。

最後に。

2026年からの5年間。
2030年までのこの期間は、
とても、とても大切な5年間になります。

はい、ここでみなさん一斉に。

「え、マジで?」(笑)って言って(〃艸〃)

でもね、本当です。
この5年間どう向き合うか、どう過ごすか
今までの一年一年以上に、ここからの5年間が大切です。

だからこそ
その5年間のスタートを
ぜひ TORIAと一緒に、楽しく ♪
そして、みんな一緒に光っていこう✨

改めて。

2026年、始まりました。
今さらですが(笑)

これからも、よろしくお願いします。

✨「光るとき」~羊文学(2022)


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TORIA (o ̄∇ ̄)/

気づいたら半年、生き延びレポート

がっつり! ブログがお休み状態で申し訳ありません m(__)m

今年2月半ば、「カフェなんちゃら〜」での講師人生が終わり
突貫工事で salon de TORIA を立ち上げました。

あれから半年。
暦ではたった六つ。
でも体感は“昭和・平成・令和”くらいの三元号を駆け抜けた濃度です。(ФωФ)フフ
とりあえず生存報告から。
「なんとか、半年…生きております」。
いや、正確には「生き延び芸」を全力で披露し続けております。

独立してまず思ったのは
「プラットフォームのヌクヌクって、電気毛布レベルでヌクヌクだったんだな」
ということ。
わかりきっていたけれど!
予約も決済も通知も、冬の温泉みたいに“気づいたら整ってる”。
そこから野外フェス会場に放り出された私は、テントを肩にかつぎ
ヘッドライトで夜道を照らし、マイクテストからトイレの場所案内までぜんぶ自分。
一人ラスベガス、今日も満員御礼(自分比)。
星は近いし、風は冷たい。
けれど、見える景色が、正直めちゃくちゃ好きです。

この半年、笑うしかない事件が多すぎて
胃薬がスポンサーにつきそうでした。
たとえば突貫工事での2月プレオープン初日。
「予約ボタンが見当たりません」と生徒さんから優しいSOS。
まさか、とサイトを開いたら…ない。
どこにも、ない。ボタンが照れて裏口から帰った? 
原因は私の非表示チェック。
PCの前で土下座しながら
「公開前チェックリストに“ボタンは存在して押せるか”を追加」と手のひらにメモ。

次はZoom。
私が主催のはずが、画面には「入室許可をお待ちください」。
許可するの、私。
許可されるのも、私。
誰が誰を? 
“自分で自分の門を開ける練習”を、夜中の2時に静かにやりました。

極めつけは価格のカンマ。
10,000円のはずが100,000円。
通知欄に「高級寿司のカウンターですか?笑。先生、わざと笑わせてますね」の
ナイス・メッセージ。
「ごめんなさい、寿司は出ません。握るのは言葉だけです」…と返したものの
マジな! ガチな!間違いで冷や汗放題💦

独立してみて分かったことは山ほどあります。
会議も承認もないから、一歩が速い。
失敗はすぐネタになる⇒コレは前から、そうだねw。
距離が近いから、改善の手応えがダイレクトに返ってくる。
「ここ、こうしてほしい」が、次の回で「やってみました」に変わる。
そうして積み上がる“あなたと私の間合い”こそが
サロンの体温なんだと知りました。

カフェなんちゃら時代に「より」磨かれた“エンタメ路線”も
ブーストがかかった感じ。
真剣な悩みには本気で向き合う。
だけど、場は軽やかに。
泣いて笑って、最後はちょっとお腹が空くくらいに。
これが私のやりたい
“オンラインの仕事=エンターテイメント”

もちろん、簡単じゃありません。カレンダーのブロック漏れで
朝5時に「今から予約いいですか?」に白目をむき(◎_◎;)
決済リンクの桁を間違え
サムネを差し替え忘れて10年前の私がホームに出現。
「だれ?」って自分で突っ込む(*`艸´)ウシシシ

夜中に神がかったタイトル案を思いついて朝見たら
「語尾が全て“〜ござる」になっていたり(寝落ちタイピングの恐怖)。
でも、その全部が愛おしいのです。
なぜなら、どの失敗にも、画面の向こうで笑ってくれる誰かがいて
そっと指摘してくれる誰かがいて、次の配信を待ってくれる誰かがいるから。

思えば私は2009年ごろからずっと
「オンラインの仕事はエンタメだ」と言い続けてきました。
舞台装置は画面の内側、でも観客は生身の心。
だからこそ、真面目に、真剣に、軽やかに。
相談は深く、運営は柔らかく、そして仕上げに“笑い”をひとつ。
カフェなんちゃら時代、そこで出会った生徒さんや講師さんたちが
私に教えてくれました。

「笑っていい」「遊んでいい」「でも、真摯であれ」。
今、その教えを胸ポケットに入れて
私は今日も一人ラスベガスの幕を上げます。
音響。証明。
スポンサーは、あなたの笑顔

そして現在、salon de TORIAはサービス改編の真っ最中。
続けやすさと効果実感に、カフェなんちゃら時代には持っていなかった
“運営脳”を総動員して向き合っています。
詳細は9月にドーンとお知らせします。

”ここに来てくださる”皆さまへ。
これまでも、これからも、本気でやります。
だけど、楽しくやります。
あなたが来てくれるこの場が、心の荷物をそっと下ろせる待合室であり
少し遠くまで歩いてみたくなる出発ロビーでありますように。
最後はやっぱり笑って帰ってほしい。
笑いすぎてお腹が痛くなるくらいだったら最高です。

9月、salon de TORIA は新しい扉をもう一枚、ゆっくり開けます。
どうぞお楽しみに。
今日もステージ照明はMAXで、舞台袖から手を振っています (o ̄∇ ̄)/

📍「Livin’On A Prayer」~Bon Jovi(1986)


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TORIA (o ̄∇ ̄)/(舞台監督兼主演、たまに清掃員)

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国際恋愛の序章~TORIAへの道(83)

私の22歳の恋と大失恋も、今思えばどうしようもないバカさ加減だったと思う。
けれど、今目の前にいる「アダムの恋・結婚・離婚・そして妻の不倫の顛末」は
それを上回るほどバカバカしくて、私は呆れて聞くしかなかった。

なにより恐ろしいのは、キョウコという女のしたたかさ、性格の悪さ。
そして、そんな女に手玉に取られ、操られ、翻弄されたアダム。

おまえは“人がいい”とか“ピュア”とか、そんな言葉で済まされない。
バカだよ! そう、あんたバカだよ!!
私は心の中で思わずそう叫んでいた。

その日の夕方、会社から一本の電話が。
「明日、そこを離れてハリファックスに帰ってきて!」
その言葉に、私はほっと胸を撫で下ろした。
やっとこの薄気味悪い場所を離れられる、と。

翌朝、迎えの車に乗り込むとき
アダムは無表情のまま家の前に立ち尽くしていた。
じっと、ただ私を見送る…車が走り去るまで、まるで置物のように。
その姿はどこまでも気味が悪かった。

彼は病んでいるのだろうか?
あの語った話も、本当に全部事実なのか?
嘘ではないにせよ、盛っているのか? 脚色しているのか?
私にはどうしても、すべてを信じきることができなかった。

ハリファックスに戻り、翌日出社してから同僚のメグちゃんに
アダムのことを話してみた。
すると彼女は肩をすくめて言った。

「あぁ、それ本当なのよ。
 私も同じ頃、日本にいたし、キョウコのこともよく知ってるわ。
 そうそう、彼は完全に利用されてたの。
 結局キョウコは不倫相手と結婚したって聞いてる」

はぁ……
私はため息をついた。

そして、まるで安っぽい昼ドラを一気に見せられたような気持ちになった。

その後、アダムがどうなったのか、誰も知らない。
彼の足跡は煙のように掴めず、ただ不気味な影だけを残して
私の記憶の中からも消えていった。

本当に存在していたのか。
それとも、私の目の前に現れたのは、過去の怨念のような幻影だったのか。

アダムの顛末は、ただ「バカだ」と笑い飛ばすにはあまりに謎めいていて
哀れで、後味の悪いものだった。

けれど…
これがカナダでの「国際恋愛・結婚」のリアル話の序章に過ぎないことを
私はこのあと思い知ることになる。

カナダ生活の折々で、結婚・離婚・浮気・不倫・偽装ナンチャラと…
ドラマの世界でしか見ないような、リアル話を知ることになる。
アダムなど、まだまだ序の口だったのだ

📍「真珠のピアス」~松任谷由実(1982)


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アダムの告白~TORIAへの道(82)

いきなり日本語を口にしたアダムを目の前に、私は思わず後ずさりした。
「異常なほど暗いオーラ」をまとっているとは思っていたが
今の彼は、恐怖そのもの。

やっと私から出た言葉は「な、何で?」だった。
アダムは薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりと語り始めた。

「僕ね、北海道に住んでいたんだよ。
 7年。キョウコと一緒にいた。結婚してたんだ。」

……結婚!? 日本で!?
頭の中が真っ白になった私は、ソファに腰を下ろすしかなかった。

そして、アダムの「自分語り」が始まった。

5年前、アダムは英語教師として北海道に赴任した。
そこで出会ったのが、キョウコ。
彼女はOLで、当時は失恋の直後。
アダムは一目惚れだった。

アダムが一方的にのめり込み、彼女はそれを「受け取った」という関係。
それでも彼は、日本語を学び、彼女が好きだというユーミンを聴き
必死に彼女の世界に溶け込もうとした。

半年後、キョウコの口から突然の言葉。
「結婚しよう。」
アダムは有頂天だった。
ラブラブというより淡々とした結婚生活だったが、彼は幸せだった。

しかし、3年目。

唐突に彼女は言った。
「元々、あなたのこと、そんなに好きじゃなかったの。」

そして続けざまに告げたのは衝撃の真実。
彼女には会社の上司との不倫関係があり
アダムとの結婚は“あてつけ”に過ぎなかった、と。

「ちょっと待って!」
私は思わずアダムの話を遮った。

「ふざけてない!? 何その女!」
怒りで胸がいっぱいになる。
だが、淡々と語り続けるアダムの姿に、さらに苛立ちを覚えた。

その後、彼女は不倫相手の元へ。
アダムと暮らしながらも関係は続いており、つい先月、その男が離婚。
キョウコは彼の元に完全に移ってしまった。

「で、どうしたのよ?」
私は噛みつくように問いただした。

アダムは表情ひとつ変えずに言った。
「連絡したけど、戻ってこなかった。彼女が望まないなら、離婚するしかない。」

怒りもしない。訴えもしない。
ただ、静かに。
この期に及んでも、アダムは彼女の望みを叶えようとした。

「でもね……きっといつか戻ってくると思うんだ。キョウコは。
そのために一度、別れが必要だったんだよ。」

そう言って、右手に持った歯磨き粉を愛おしそうに撫でる。

……歯磨き粉?

私はゲンナリしながらも、頭の中で勝手に“泥沼不倫ドラマ”の映像を再生していた。

私の大失恋話と、こいつのバカげた話。
一体どっちが悲惨なのだろう。

気づけば私は、その秤を心の中で揺らしていた。

📍「Can't Stop Fallin' in Love」~Globe(1996)


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アダム降臨~TORIAへの道(81)

カナダにやって来て2か月弱。
ケベックの田舎も田舎。1時間に一台くらいしか車が通らない。
私は毎日のように心の中で叫んでいた。

「私は一体、何をやっている……」

派遣された工場は、ツブ貝を手作業で剥いて冷凍する加工場。
ツブ貝といえば、前職のO水産でちょろっと仕入れや販売に関わっただけ。
それなのに
その「ちょろっと」経験を理由に
私はこんな極北の地に送り込まれてしまったのか!?

言葉もわからない。ツブ貝のこともよく知らない。
そして、昨日から工場にやってきた「アダム」という男も、わけがわからない。
フランス語しか話さないうえに、まとっているのは「異常なほど暗いオーラ」……。

ケベックのこの町に来て6日目。
ツブ貝の漁獲がなかったため、急に工場が休みになった。

「やったー休み!」……と言いたいところだが、行くところなんてない。
結局、ステイ先の一軒家にひとり引きこもるしかないのだ。
いや、ひとりじゃなかった。
そう、アダムも「休み」だったのだ。

狭いリビングで、あの暗いオーラの男が、目の前を無言でウロウロウロウロ……。

テレビをつけてもフランス語ばかりで理解できない。
私はイライラが限界に達し、会社に電話をかけた。

事務担当のカナエちゃんが出た。社長は不在。
私は一つ年上の彼女に、タメ口でまくし立てた。
「ここ、ほんっと田舎すぎ! いつ帰れるのか社長に聞いて!」

電話を切ったあと、大きなため息をついた。
気づけばアダムが、無言のままこちらを見ている。
気まずい。怖い。暗い。
私は思わず、背を向けた。

そして、事件は起こった

「イヤになっちゃうよね!」

……背後から、日本語が聞こえた。
ギョッとして振り返ると、目の前にいるのはアダム!

「僕も退屈だよ!」

日本語!?しかも流暢!
私は腰が抜けそうになり、声すら出なかった。

するとアダムはニヤリと笑い、カバンをごそごそ漁り始めた。
次々と出てくるのは、日本の歯磨き粉、日本のシャンプー……
極めつけは、ユーミンのCD。

「僕、日本に住んでたことがあるんだよ。結構長くね」

そう言うと、プレーヤーにCDをセットした。
流れ出したのは、ユーミンの名曲。

あの異常に暗いオーラの男が
突然“日本語を話す謎のアダム”に変貌する瞬間だった。

📍「あの日に帰りたい」~松任谷由実(1975)


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カナダ上陸!いきなり減給~TORIAへの道(80)

3月末、成田から飛んだ飛行機の中で私は泣いていた。
自分で決めたこととはいえ、30年間、家族と長期間離れたことなんて一度もない。
せいぜい出張か研修くらい。
だからこそ、今回のカナダ行きは「人生最大の家出」のような感覚だった。

正直、「親元を離れるときは結婚するときだろう」と思い込んでいた。
なのに、まさかこんな形で飛び立つとは…。
涙は「悲しい」というより
どちらかといえば「申し訳ない」気持ちからだった。

長女である姉は、出発前にこう言った。
「末っ子は気楽ね」
「自分の行きたい道を行くって、誰かの犠牲の上に成り立ってると思わない?」

うーん、確かに。
姉は長女として色々我慢してきただろうし
私は末っ子ゆえにノホホンとしていたのかもしれない。
…でも、それを言われて出発する身としては、胸が痛いどころの話じゃなかった。

さて、ハリファックスに着くと
そのまま連れて行かれたのは社長の住む高層アパートの9階。
「事務所兼社長宅」。

「しばらくここで暮らせばいい」と言われ、頭の中は「え?なんで?」でいっぱい。
社長が住んでいるも気になったが、仕事とプライベートの境が無い。

落ち着く暇もなく、翌日から隣町のオフィス兼工場勤務。
ところが私ができるような仕事はほとんどない。
大手企業で揉まれてきた身には、すべてがミニマムすぎて
正直カルチャーショック。
しかも、数週間で気づいてしまった。

この会社、財政状況が悪い……

入社した月に言い渡された給料は週400ドル。
2週間ごとに小切手で支払われる。
当時のレートはカナダドル76円ほど。円換算で月、約12万円。
日本の会社員時代からすると、大幅下落である。

しかし、カナダでの仕事実績が無い身としては
「まぁ仕方ない!」と無理やり納得した。
ところが1か月後
「給料を下げます。週350ドルに」

社員全員の減給。
いやいや、入社したばかりでこれって…先が思いやられるにもほどがある。

そんな中で、縁あって日本の商社Aトレーディングの検品の仕事を
私が担当する事になった。
ところがこの会社、私が日本で勤めていたO水産時代のライバル中のライバル。
バチバチの関係だった。

「私が担当者、検品するって良いのか!?」と心の中で叫んだが
業界の複雑な事情のせいでそういう事になった。
まぁ、結果的に「私にしかできない仕事」をもらえたわけで
これで、私の居場所が出来た!
とは言っても、その仕事
そう、しょっちゅうあるわけではなく…

5月、突然ケベック州のツブ貝工場へ出張が決まった。
カナダ人スタッフ・メグちゃんと共に、片道10時間以上の陸路にフェリー移動。
着いたのは人口78人の村。
ホテルなんてもちろんない。
工場の向かいの一軒家に泊まることに。

ケベック州はカナダの英語圏の州とは全く雰囲気が違う。
公用語はフランス語。
州都であるモントリオールなら、すこしは英語も通じるものの
ここでは、英語など何の役にも立たない。

そして、その工場がまた…家族経営の手作業オンリーの小さな規模。
小さな作業場のなかで、聞こえてくるのはすべてフランス語。
まったく意味がわからず、頭の中は「帰りたい!」でいっぱいだった。

ところが、3日後
頼りだった同僚メグちゃんが、急用で突然ハリファックスへ帰ることに。
「じゃあ、頑張って!」と笑顔で言い残し、私は一人取り残された。

次の日から、紙の辞書を片手にフランス語と格闘。
指さし会話を試みるも、ほぼ自爆。
明らかに、工場のおばちゃんたちは私を「ボケ」だの「バカ」だの言われている💦

人生で「こんなサバイバルはあったか!?」と思いながら
クタクタで一軒家に戻ると
見知らぬ若い男が立っていた!

フランス系カナダ人っぽい。
言葉も通じない。
心臓バクバクで会社に電話したらメグちゃんが出た。

「あ~彼、日本のN社から頼まれて来た検品員なの。よろしくね!」

よろしくね、って…何がよろしく!?
フランス語しか通じない男と、まさかの同居。

「私、いったい何のためにカナダに来た?」
このときの絶望感とパニックは
今思い出すと笑い話。
しかし、この時は何も考えられなかった。

こうして、カナダ上陸わずか2か月弱で
私はこれまでの人生にはない・・・
「無いことだらけ」を経験することになる

だが!その“無いことだらけシリーズ”は、まだ始まったばかりだった。

📍「Building A Mystery」~Sarah McLachlan(1997)


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カナダから考える・日本と核と平和のはなし

今日はちょっと真面目な話…と言っても
TORIAの事だから、どうなるかわからない( ̄∇ ̄)

今年は「戦後80年」
日本では連日、戦争体験や平和のメッセージが
メディアやSNSで取り上げられている。
遠くカナダに住む私も、この節目に「戦争」や「平和」「生きること」について、
あらためて考えさせられる瞬間が増えた。

そういえば、参議院選で某党の議員さんが
「核武装は安上がり」なんて言ってましたね。
いやいや、スーパーのチラシじゃないんだから。Σ(゚Д゚)

でも、改めて整理すると
日本は「非核三原則」。
つまり「持たず・作らず・持ち込ませず」。
唯一の被爆国だからこそ、国際社会に誓っている大前提だ。

じゃあカナダはどうか?
調べてみたら~持ってません。
一時期アメリカから“お借りしてた”ことはあるけど、70年代にサヨナラ。
いまは「NPT(核兵器不拡散条約)」の支持国で、核の傘の下で生きている。
つまり日本と似てるけど、アメリカ頼みがよりハッキリ。
カナダらしいといえばカナダらしい。

しかも今年の春の選挙もドラマティック。
「カナダファースト!」と叫んでいた保守党が勝つかと思ったら、
トランプ関税の風がドドーンと吹き、リベラル大逆転。
日本もそうだけど、カナダも“風”で政局がひっくり返る。
…人間社会、案外どこも似たようなものか!?

さて、ここで田中角栄の登場。
庶民派で、日中国交正常化を実現した第64代総理。
私が3歳くらいの頃だからリアルタイムでは覚えてないけど(笑)
でも彼の残した言葉が、今こそ重く響く。

戦争を知っているやつがいるうちは日本は安心だ。
 戦争を知らない世代がこの国の中核になった時が怖い

…これ、今のことじゃない?Σ(゚Д゚)
角栄さんが心配していた時代、完全に来ちゃってるよ。

「核を持てば大国とも渡り合える」
「持つだけ持って使わなきゃいいでしょ?」
そんな軽いノリで言う人もいる。

でも、日本が持つってことは、
世界に「日本だってOKなんだから」と免罪符を与えること。
その連鎖を考えただけでゾッとする。

だからこそ
どこまでいっても「持たない」。
それを貫くのが唯一の被爆国・日本の使命だと
私は思っている。

平和は「なんとなく」で守られるものじゃない。
年を重ねるほど、「努力して守るもの」だと実感する。
国や政治家に任せきりではなく、
最初の一歩は、私たち一人ひとりの心の中から始まる。

戦後80年。戦争を知る人が少なくなった今だからこそ、
「学ぶこと」「語り継ぐこと」が大切。
私の世代も含めて、その下の世代はもっと顕著。
知らなすぎるのだ
受験に必要ないから?カリキュラムにないから?

私も相当おバカでしたが(笑)、
日本の外に出て26年。
日本に居たら
見えなかったモノを見た! 知った! 感じた!
だからこそ今、本気で思う。

「YOU、核なんて持っちゃダメよ!」( ̄∇ ̄)

笑いながら言ってるけど、
その裏には、人類の未来を左右する重すぎるテーマがある。

日本が核を持ったら
世界が終わるんではないだろうか‥‥
それくらい、日本のポジションは大事なところにある。

だから日本は「持たない勇気」を持ち、貫く。
それが日本ばかりか
世界の空気を変えていく。

平和は遠いどこかにあるものじゃない。
私たちが日々、選びとるもの。

戦中を必死に生き抜いた人々、そして帰らぬ人となった数多の命を思えば
繰り返してはいけない。そう痛切に感じる。

戦後80年の今、改めて強く決意する。
平和を守る意思を、次の世代へと渡していくのは
わたし
私たちの責任。

📍「World on Fire」~Sarah McLachlan(2003)


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