「50まで何してた!?」— 波乱万丈オンナの生存戦略

絶望から独立まで、波乱万丈オンナの生存記録

まだ、あった!すきなもの~TORIAへの道⑯

もしや、私が武道をやろうと思った理由には、これもあったのかもしれない。

時は、昭和50年代。
エンタメも情報源も、まだまだテレビの時代。
スポーツ中継といえば、家族でリアルタイムにかじりついて観るのが当たり前だった。

その中で、パパとよく一緒に見ていたのが、野球と相撲。
とくに、相撲。

当時、角界では
小さな体で、鋭い眼光を放ち、次々と大きな相手をなぎ倒していく
"ウルフ"、千代の富士が、関脇から一気に駆け上がっていった頃だった。

私にとって、それはもう衝撃だった。

相撲取りといえば、ただ「でかい!」「太い!」そんなイメージしかなかったのに。
千代の富士だけは違った。
小柄なのに、体中にみなぎる筋肉と、静かに燃える闘志。
何より、あの目だ。鋭く相手を見据える、負けん気いっぱいのあの目に
私は一瞬で心を持っていかれた。

私のスポーツ界デビューは…(プレイヤーじゃないぞ!私w)
王貞治でもない。原辰徳でもない。
北の湖でも、若嶋津、北天祐でもない。

千代の富士だった。

"心・技・体"と書かれた化粧まわしに、子どもながらに「カッコイイ~!」と
唸ったものだ。

なぜ、あんな小さな体から、あんなパワーが出せるんだろう。
なぜ、あんな大きな相手に勝てるんだろう。
それは、小さな私にとって、大きな希望だった。

部活を終え、鞄を抱きしめて
急いで走って帰宅し、NHKの相撲中継にかじりつく。

シブい。シブすぎる、中学生女子。

千代の富士が勝った日には、まるで自分が優勝したかのように喜び
負けた日は、こっそり機嫌が悪くなった。

千代の富士の勝利は
小さな私の、「まだ知らない未来への、最初の勲章」だったのかもしれない。

今なら、きっと
「大谷翔平すごい!」「あの選手イケメン!」なんて話題になるのだろう。
カッコいいスポーツ選手も、たくさんいる。

でも、時代は違う。
あの頃の、あの空気。
家族で茶の間のテレビにかじりついて
「うおおおーっ!」と盛り上がる。
たったそれだけで、たまらなく幸せだった。

今よりずっと、何もない時代だったけれど。
何もないからこそ、
ひとつの勝利を、みんなで心から祝福できたのかもしれない。

さてさて、そんな日々の中で…

もうちょっと中1時代のことを語ろうかと思ったが
たぶん、キリがないので
私のもしや、人生の要なのか汚点なのか、更なる絶望の始まりなのか…な
中2時代のさわりを語ろう!

はい、でました。
中学2年。

この響き、昭和世代にはなんとも言えない香りが漂うではないか。
思春期の始まりか、反抗期の入り口か、人生の迷い道か。
私にとっての中2は、まさに

カオスの坩堝。

何処をとっても、何処がなくても
今のTORIAは出来上がっていない。
そう思えば、これから語る中2からの闇時代も
きっと意味があったのだろう…。

📍「ギンギラギンにさりげなく」~近藤真彦(1981)


www.youtube.com

えっと…久々に、マッチ(近藤真彦)の曲聴きました!
「ギンギラギンにさりげなく」って、まずタイトルから突っ込みたくなるけど
あ~マッチって、歌唱力って微妙だったよね…とあの頃も思っていたけど
また、今も突っ込んでしまう私。
でも、マッチはマッチだからOKなのである(*- -)(*_ _)ペコリ
TORIA (o ̄∇ ̄)/