助六と母の本音~TORIAへの道②
母は36歳の時にTORIAを産んだ。
遅めの出産だったこともあり、私は母にとって特別な存在だったのかもしれない。
50年以上前のこと。私はまだ、小学校に上がる前だった。
母と二人、上板橋の通りをトコトコ歩いていた。
氷川台の家までは、まだまだ長い道のり。
すると突然、母の足がピタッと止まった。
いつも厳しくて怖い母の“急ブレーキ”に、幼い私はドキッとする。
「トリアちゃん、ご飯食べていこうか」
えっ⁉︎ まさかの外食宣言。(◎_◎;)
しかも入ったのは、カウンターのあるお寿司屋さん。
えええええ⁉︎ なんか、高級そうなんだけどーーー‼︎
我が家が裕福でないことくらい、幼心にもわかっていた。
こんな立派なお店でご飯なんて食べていいのか⁉︎ と、不安と困惑で頭がいっぱい。
「何でも好きなの食べなさい」
母の言葉に、さらに混乱。
いやいや、何でもって……。
このお店、たぶんどのネタも高いんだけど……。
悩んでいる私を見て、母は「これがいいわよ。きっと」と言って
海鮮ちらし寿司を頼んだ。
そして母自身が頼んだのは――
「助六」
母はそれが好きだと言った。
……いやいやいや。
母が助六好きだったなんて、聞いたことないんだけど。
だいたい、助六って何よ!? 幼い私は自問自答していた。
やがて、私の前には豪華な魚介類がたっぷり乗った海鮮ちらし寿司。
そして母の前には、かんぴょう巻きと太巻きがちょこんと乗った小さな皿。
……貧相すぎる。(-_-;)
助六なんて…母の本音じゃない気がする。
私は、母が私のために食べたい物を我慢しているのではないかと
胸が痛くなった。
私は、箸を動かしながらも味がわからなかった。
悲しい味がした。
「お腹いっぱいになった」
そう嘘をついて、大して食べていない器をを母に差し出した。
だって、母が助六を食べる姿を見たくなかったのだ。
母は優しく微笑んだ。
いつもの厳しい母が、いっそう優しくて、私はますます悲しくなった。
後にも先にも、母と二人きりでの外食はその一度きり。
それは、ちょっぴり苦い思い出のひとコマ。
ーーーーー
9年前の夏、母は突然、脳出血で倒れた。
一命はとりとめたものの、右半身は動かず、記憶もあやふや。
食事もままならない日々が続いた。
そんな中でも、母が好んで食べたもの。
それは――助六。
「わたし、これ好きなのよ」
母はニコニコしながら、左手でかんぴょう巻きをつまみ、口に運んだ。
……あの日。
50年前のあの日。
母は我慢なんてしていなかった。
本当に助六が好きだったのだ。
幼い私は、勝手に母が我慢し
「母は犠牲になった」と決めつけていたけれど。
母は、ただ好きな助六を、幸せな気持ちで食べていただけだったのだ。
長い長い時を経て、私はやっと母の本音を知った。
あの日の助六の思い出は、もう苦くない。
それは、母と私の、大切な大切なひとコマだ。
📌「MAMA」~Spice Girls(1996)
TORIA (o ̄∇ ̄)/
