成田に缶詰め・出戻り成田~TORIAへの道(77)
1999年2月26日。
私はついに、カナダへ飛び立つ日を迎えた。
ワーキングホリデーで1年滞在。
いや、正直なところ狙うは永住権。
目標はただひとつ――
「O水産の取引先だったカナダC社で働く!」
カナダC社は、北米大手水産会社で、日本の業界でも名の知れた安定企業。
O水産時代に取引で接して以来、もう完全に一目ぼれ状態。
「ここで働きたい!」と思った会社なんて、人生で後にも先にもここだけだった。
しかし現実はシビア。
私の英語力はほぼゼロ、就労ビザもなし。
履歴書を送るどころか、会社のドアに近づくことすら
夢のまた夢というハードルの高さ。
だからこそ私は考えた。
まずは現地で足場を作るべし!
最初の1年~数年は、これから入社する日系のKトレーディングで経験を積み、
カナダでのキャリアを構築。
そして永住権を手にしてから、堂々とC社のドアをノックする。
これが私の作戦だった。
さて、旅立ちの時…
当時はまだ箱崎にエアターミナルがあり、そこで荷物を預けてチェックイン。
「2月26日といえば2・26事件かぁ…」なんて余計なことを思いながらも
国際線慣れしてきた私は成田に移動し、搭乗ゲートへ一直線。
…ところが。
待てど暮らせど、搭乗アナウンスが流れない。
もうそろそろ時間じゃない?というタイミングで流れたのは
「本日ご搭乗予定の便は、機体故障のため搭乗便はキャンセルとなりました。
代替機の出発は明日となります」
えっ。
飛びません?
えっ…飛ばない?
ええええーー!?Σ( ̄□ ̄|||)
頭の中はパニック。
でも次の瞬間、私は思った。
「あ、じゃあ! 一回家に帰れるじゃん!ラッキー!」
家族と過ごせる時間が1日延びるなんて、むしろ良いじゃないの。
ところが。
搭乗ゲートのお姉さんのひと言で、その淡い期待は木っ端みじんになった。
「すでに出国手続きを済ませておりますので、ここからは出られません」
…え?ここ成田だよね?
日本だよね?
なのにもう出られないの?
頭の中で「成田離婚」の文字がよぎる。
でも私の場合は――
「出戻り成田・ウチに帰れない」
結局、空港隣接のホテルに移動。
航空会社から渡された「レストラン無料券」を握りしめ、しょんぼりと席に座る私。
右を見ても左を見ても、新婚カップル。
見事に全員、今日飛び立てなかった「ハネムーナー難民」。
そんな中で、リュックを背負った女ひとり。
「…私、なんでここにいるんだろう」
そんな気持ちを抱えながら食べたチキンソテー、味が感じられなかった。
翌日、ようやく飛び立ったトロント便。
幸先はお世辞にも良いとは言えなかった…
あの夜の孤独と期待が入り混じった時間が、
私の「カナダへの道」のゼロページ目になったのだった。
📍「旅立ちの時」~宮沢和史(1998)
TORIA (o ̄∇ ̄)/
